食をめぐる攻防を描く堤未果さんの新著『ルポ 食が壊れる』でSOFIXも取り上げる

 

堤未果さんの新著

ソイル・コミュニケーションズの松田です。

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 昨年の12月20日に国際ジャーナリスト・堤未果さんの『ルポ 食が壊れる――私たちは何を食べさせられるのか?』(以下「本書」)という本が文春新書から出版されました。

 私は、堤さんの本については、『ルポ 貧困大国アメリカ』、『(株)貧困大国アメリカ』、『株式会社アメリカの日本解体計画』などを読んだことがあります。前の2つの本は、戦争や民営化、遺伝子組み換え種子などでアメリカの巨大資本が世界中の富を集中する一方で、アメリカの労働者や若者が貧困に追い込まれている実態を丹念な取材をベースに書いています。3番目の本は、そのアメリカの巨大資本が、日本の公共事業や土地、郵便貯金や簡易保険の巨大マネーなどをいかにして収奪しようとしているかをつぶさにルポしています。今回の本は、食に焦点を置いて、アメリカの巨大資本がいかに世界の食料市場を食い物にしているか、とくにわれわれが日常的に食べているものがどのように変えられようとしているかをルポしています。

 堤さんの本を読むと、今日の社会の恐るべき実態に驚愕するとともに、巨大な力を前にしての無力感や悲壮感を感じます。しかし、今回の本では、そうした実態とともに、最も大事な食や農業を守り、持続可能な社会のあり方を追求している国内外の市井の人々の努力を丁寧な取材で取り上げていて、希望や勇気を与えてくれる書となっています。そして、こうした努力の一つとして、私たちが推進しているSOFIX(土壌肥沃度指標)技術についても、取り上げています。

億万長者による食の<グレートリセット>

 本書によれば、2020年6月に開催された世界経済フォーラム(WEF)で、クラウス・シュワブ会長とイギリスのチャールズ皇太子(当時)が、世界の食システムの<グレート・リセット>を打ち出しました。新型コロナウィルスや気候変動、化石燃料の枯渇、人口増加のもとで、従来の食料システムは限界に来ているので、これらをすべて壊して、遺伝子操作・バイオ技術、デジタル技術などを中心とした最新のテクノロジーを使った農業システムで置き換えなければならないというものです。

 この<グレート・リセット>計画のための資金協力で顔を並べるのが、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏、穀物メジャーのカーギル、農薬や種子の多国籍企業シンジェンダ、畜産大手のタイソン、化学メーカーのバイエルやユニリーバ、ワクチン大手のグラクソ・スミスクライン、流通のアマゾン、巨大IT企業のグーグル等です。

 本書では〈グレート・リセット〉の具体的な内容について、第1章から4章で触れています。

 第1章「『人工肉』は地球を救う?ーー気候変動時代の新市場」
 第2章「フードテックの新潮流ーーゲノム編集から<食べるワクチンまで>」
 第3章「土地を奪われる農民たち――食のマネーゲーム2・0」
 第4章「気候変動の語られない犯人ーー”悪魔化”された牛たち」

もう一つの<グレートリセット>

 他方、今回の堤さんのルポでは、もう一つの<グレートリセット>を取り上げています。
 本書では「こちらのプレーヤーは、小規模農家や先住民、ささやかな規模で食を生産する農村や子どもたちの食を守ろうとする教育関係者、自治の力で立ち上がる地方行政や協同組合、誰もが役割をっ持つ共同体を作り、微生物の声を聞き、私たちの想像を超えた勇気と知恵で壊れた地球を再生しようと試みる人々だ」と述べ、第6章、第7章にまとめています。

多くの日本人がまだ知らないであろう、この国が持つ宝物

 第6章「日本の食の未来を切り拓けーー型破りな猛者たち」では、有機農業の生産者と消費者、子どもたち、教育関係者、行政などを結びつける結節点として学校給食に着目しています。100%有機米給食を実現した千葉県いすみ市の取組や、いすみ市が導入した無理なく雑草を抑制する民間稲作研究所の有機農法、いすみ市が手本とした愛媛県今治市で1980年代から取り組んでいる地産地消、食育、有機農業推進の取組を紹介しています。

 そこで私が大事だと思った点は、これらを取りまとめる行政のあり方として、異なる意見を排除し、トップダウンでスピーディーに進めるのではなく、時間をかけてでも、地域の多様な意見を活かしあう道を探ったことです。有機農業を推進すると言っても、決して慣行農法をすすめる農家との対立をあおったり、排除したりするのではなく、粘りづよく意見を聞き、相互に利益をえられる方法を編み出すために知恵を絞っている点が感動的でした。

 さらにこの章では、農業にとって土壌や微生物が重要だという認識が世界的に広がっていることから、次のような事例を紹介しています。
・土壌微生物を活性化する高機能バイオ炭と、このバイオ炭をあらゆる廃棄物から安全に製造できるCYC株式会社の炭化装置
・長崎県佐世保市を拠点に微生物を使って生ごみをたい肥化して有機野菜を生産し、子どもたちに食べ物への感謝の心を伝えている吉田俊道氏の「菌ちゃん農法」
・100軒を超える農家の協力を得てシャリに自然栽培米を使っている岡山県の回転寿司チェーン「すし遊館」の取り組み

SOFIXによる有機栽培を行っている水田

 そして、微生物の数や活動を見える化し、土壌を改善する処方を提供できる技術として立命館大学生命科学部の久保幹教授が開発したSOFIX技術について、久保教授へのインタビューを交えて紹介しています。

 また、同じく土壌微生物を見える化する技術として、立正大学地球環境学部の横山和成教授が開発したSOILという技術についても紹介しています。

 堤さんは、こうした取り組みについて、「多くの日本人がまだ知らないであろう、この国が持つ宝物」だと評価しています。

 第7章「世界はまだまだ養えるーー次なる食の文明へ」では、世界に目を向け、これからの持続可能な社会を可能にするヒントとして、アメリカでのカバークロップスの活用やアルゼンチン、西アフリカ、ブラジルなどでのアグロエコロジーの取組、韓国や日本での在来種を守る活動などに触れ、さいごに微生物の多様性であふれている本来豊かな日本の土壌を次の世代に残していくのかどうかを問うメッセージで締めくくっています。

食をめぐる攻防戦を構造的に描き出す

 本書は、今日の世界のもとで、アメリカを中心とした巨大資本と持続可能な社会を目指す人々との間の食や農業をめぐる攻防戦を構造的に描き出したという点で、興味深いものとなりました。

 第6章、第7章で登場する人々は巨大な権力や資金力を持った人々ではなく、地域で誠実に奮闘する農家であり、行政マン、研究者、技術者、企業経営者、会社員、学校や幼稚園、保育所の先生、父母、地方政治家などです。その背後には、本書には取り上げられていないけれど、同じような貴重な取組をされている人々が数千倍、いや数十万倍いると思います。こうした努力が全国、全世界で続く限り、大資本による巻き返しもそう簡単にはいかないのではないかと感じました。

堤 未果著『ルポ 食が壊れる――私たちは何を食べさせられるのか?』
文春新書 ISBN978-4-16-661385-4
定価 本体900円+税