水田の生き物の調査から有機農業の面白さ、大切さを伝える~日本有機農業研究会全国大会の基調講演から

 2月17日(土)~18日(日)、「第50回日本有機農業研究会全国大会in愛媛」が愛媛県伊予市のウェルピア伊予で開催され、有機農業に取り組む生産者や消費者、行政関係者、研究者、学生など約200人が全国から集まりました。当社代表の松田も今回初めて、この全国大会に参加しました。

 日本有機農業研究会は、1971年に有機農業の探求、実践、普及啓発、交流などを目的に結成されました。記念すべき50回目の大会となる今回のテーマは、「明日に手渡す生命(いのち)の食べもの」でした。

 大会で私がもっとも印象に残ったのは、「生態系の観察から見えてくる有機農業の面白さを伝える『教育』と『農の技』」というタイトルの基調講演でした。この基調講演は、子どもへの教育の立場から元愛媛大学教育学部准教授の宇高順子先生と、地元の農家で愛媛有機農業研究会会長の長尾正人さんの2人がペアになって話すというユニークな形式でおこなわれました。

ウンカ(水田の害虫)の被害はなぜ起こる?

 宇高先生のお話は、数年前に地域の小学校で行った「田んぼのコメづくり」についての教材と授業の実践の報告でした。

 その当時、地域の水田でイネが大量に枯れてしまう事態が発生したいたことから、
 
 なぜ、イネが枯れてしまうのだろう?
  ↓
 稲の葉や茎から汁を吸って枯らしてしまう害虫「ウンカ」が大量の発生したから
  ↓
 ウンカはどこから来たのだろう?
  ↓
 除草剤を撒いた田んぼでは、いっときウンカはいなくなったけど、あるときから逆に大発生して、イネを一気に枯らしてしまった。同じ時期に、無農薬の田んぼでは、いっときウンカもクモも増えたけれど、秋になるとクモが大きくなり、ウンカが減った。

 という実例を示しながら、なぜ、そうなるのかについて、水田には様々な虫や草などの多様な生態系のピラミッドがあることをしめしながら、次のように説明していきました。

【除草剤を撒いた田んぼ】
 除草剤→草が枯れる→草を食べるただの虫(トビムシ)が減る→ただの虫(トビムシ)を食べる益虫(クモ)が減る→ウンカが増える→イネに被害

【無農薬の田んぼ】
 いろいろな草・いろいろな虫がいる→草を食べるただの虫(トビムシ)や害虫(ウンカ)が増える→ただの虫を食べ益虫(クモ)が増える→クモが大きくなり、ウンカが減る

 こうした授業をしたうえで、農家さんの協力を得て、子どもたちに田んぼの「生き物観察」をさせました。子どもたちは田んぼの生き物の変化について詳細な記録をすることで、自分たちの五感と観察力で生物多様性の重要性について学んでいきました。

農家の側からも「生き物調査」の場を提供

 つづいて、農家の長尾正人さんのお話がありました。

 長尾さんは、実家が農家ですが、他産業で働いていて、Uターン就農し、いまは実家で有機でコメ、小麦、露地野菜などを栽培しています。水田については、ペレット化された米ぬかや深水管理で有機栽培をおこなっています。子どもたちと一緒に、田んぼの生き物調査をおこなっており、55種類の生き物を確認できたということです。こうした生物多様性があることから、ウンカの被害がひどかった2020年でも、長尾さんの水田はウンカの被害を免れることができたということです。

「生き物調査」から生態系、人間と自然との関係、有機農業の面白さを知る

 最後にお二人の基調講演のまとめとして、有機農業生産者から、学校、地域、行政のつながりを作ることの大事さが強調されました。とくに、イネづくりの体験学習の場の提供や学校給食の食材提供などがその良い機会になるということでした。

 また、田んぼを生き物観察の場として提供することで、実際の調査を通じて科学的に生態系のバランスを知ることができ、さらに持続可能な人と自然との関係を知ることができること、なによりも有機農業の面白さ、大切さを伝えることになると強調されていました。

 私たちが、土壌診断のツールとしているSOFIX(土壌肥沃度指標)は、総細菌数やそのエサとなる有機物の量とバランス、最近たちによる窒素やリンの循環を数字で評価しているわけですが、その背景にある、カエルやメダカ、ウンカ、トンボ、スズメ、さまざまな雑草類などの生物多様性にいても見ていく必要があると感じました。

 私は昨年の夏から、NPO法人京都土の塾に参加し、様々な露地野菜の栽培をまじめていますが、今年からは日本人の主食であるお米の栽培にも取り組もうとしています。そのなかで、ぜひ、自分の水田で大人の「生き物調査」を行ってみたいと考えました。

※京都土の塾の松田の水田でのその後の日々の作業と「生き物調査」については、ソイル・コミュニケーション合同会社のFacebookページで共有しています。

5つの分科会

 全国大会では、基調講演のあと、つぎの5つの分科会に分かれての討論が行われました。私は、そのうち、第5分科会に参加しました。

 
 1.GMO+ゲノム編集と有機農業
 2.気候変動と有機農業 対策と技の継承
 3.ゆうき生協と提携 今日から明日へ
 4.学校給食に有機を 教育と生産者の課題
 5.明日の有機農業 愛媛から

自然に戻しても増え続ける果樹

 2日目は、福岡正信自然農園と武智さん原木椎茸の現地見学でした。

 福岡自然農園は、「わら一本の革命」自然農法で有名な福岡正信さんのお孫さんが運営されている農園です。お孫さんはお孫さんなりのやり方で福岡正信さんの自然農法を引き継いでおられました。
 
 かつて、おじいさんの正信さんが約50年かけて育んでこられた果樹園は、いったん自然に戻して、人がすぐには入れないような状態になって20年たっています。普通は、果樹園は人の手が入らなくなると、果樹は朽ち果ててしまうそうですが、福岡さんの果樹は自然に戻してもどんどん増えているそうです。

 武智さんの農園では、原木椎茸を直接収穫させていただき、お昼ご飯として、焼き椎茸、地元の有機野菜たっぷりの獅子鍋、有機のご飯を頂きました。

 学ぶことが多く、また多くの人々とのネットワークができた意義ある2日間でした。

水害で耕作放棄された果樹園復活へ向けて「植樹祭」を開催

 7年前の九州北部大水害によるがけ崩れ等によって農道や圃場が土砂に埋もれて使えなくなり、耕作放棄地となってしまった福岡県朝倉市の柿の果樹園。ここを、農業体験やキャンプなどを楽しめる観光農園として蘇らせようと、昨年夏に地元の原田淳一さんが立ち上がり、ユンボ等を使って自力で土砂を取り除く作業を黙々と続け、昨年末についに整備作業を完了しました。そして、2月11日、約20人の支援者を招いて、この樹園地に新たに桃の木を植える「植樹祭」を開催しました。当社代表の松田も、SOFIX診断士である原田さんに長年のお世話になったご縁から、「植樹祭」に参加させていただきました。その様子を動画も交えて報告します。

見晴らしの良い果樹園

 「植樹祭」では最初に原田さんより、「5段になっている畑のうち、上から1~4段目には桃を約120本、5段目には”太秋(たいしゅう)”という品種の柿を34本植え、下の方の果樹園にはすもも50本を植えたい。きょうは、皆さんに眺めを楽しんでもらうとともに、ここで、こういうことをしたらいいというヒントをもらえるとありがたい。」と開会挨拶がおこなわれました。

開催挨拶でこれからの計画を語る原田淳一さん

 植樹祭がおこなわれた場所は、この果樹園がある小高い山の山頂付近で、見晴らしの良い場所です。眼下に広がる田園風景や向かい側の宮地嶽神社のある山の風景が楽しめます。この山の上まで、ヒアピンカーブが続きますが、舗装された農道がとおっているので、自動車で登ってくることができます。

桃の木をみんなで植樹

 つづいて、原田さんの方から、桃の苗木の植え方について参加者のみなさんに実地でレクチャーが行われました。あらかじめ完熟堆肥が施された穴に苗木を入れて、土をかぶせたうえで、地上から60センチぐらいのところで切断します。こうすることで、苗木がゆっくりと肥料を吸って、新しい枝を付けていきます。根の付近のミミズを食べにやってくるイノシシ対策のために木酢液を埋め込み、新芽を食べにくるシカ対策のため、木のまわりに防虫ネットをはっていきます。農家さんの知恵がつまっています。

桃の植樹の仕方はなかなか興味深い

 参加者のみなさんは、このやり方に従って、それぞれ桃の苗木を植えていきました。みんなの力を合わせて十数本の苗木を植えました。「桃、栗3年、柿8年」というように、3年後、どんな桃の実ができるのか、楽しみです。

体験型で楽しめる観光農園ができそう

 植樹の後、みんなでランチを楽しみました。地元の農家・稲葉秀俊さんが経営するレストラン、Cafe楓(ふう)で作っていただいた豚汁、塩おにぎり、そして稲葉さんが手塩をかけて育てた「あまおう」、石焼き芋などがふるまわれました。植樹作業をしたあと、美しい風景を眺めながら、みんなで頂く食事は格別の美味しさがあります。

美しい風景のなかでみんなで食べる食事は美味しい

 この頂上付近はちょっとした広場になっているので、キャンプをしたり、竹細工などの耕作をしたり、電動キックボードで遊んだりと、いろいろな楽しみ方がありそうです。

 果樹園がある朝倉市は、福岡市から電車で約1時間半のところにあります。都市部に生活する人々が 、桃や柿などの栽培や収穫などの農作業やハイキング、キャンプなどを通して身体を動かし、自然に触れ、美味しいものを食べて、人々と交流し、心身ともにリフレッシュする体験型で楽しめる観光農園ができそうです。

地元にUターンして新たな事業

 この果樹園は、2017年の九州北部豪雨災害の影響によって土砂崩れが何カ所もあり、道路が寸断され、柿の木と雑草、蔦がごちゃごちゃになり、使えない状態となっていました。農道は、公道のため、復旧費用の10分の9は行政が負担することができたそうですが、この果樹園を経営していた高齢の農家さんにとっては残りの10分の1の自己負担が難しく、また、実際の普及作業は難しく、果樹園の復活をあきらめざるをえませんでした。

 この果樹園を復活すべく、原田さんが昨年の夏から、ユンボを使ってまず道路を埋めている土砂を除去し、道路が通れるようにしました。つづいて、果樹園のなかの土砂を除去し、倒れたり、枯れたりした柿の木を伐採し、整備をしてきました。

 「使える状態になるとは思っていたが、実際、最初はどこまでやれるのかわからなかった」と、原田さんはこの半年間の作業をふりかえります。

復旧作業への思いを語る原田さん

 原田さんは、この地元朝倉市の出身ですが、大阪で約34年間、国際物流の仕事をされたのちに、2018年に高齢のご両親が住む朝倉市に戻られました。この果樹然復活を決意してからは、地元の農家さんの仲間に入り、多くのことを教えて頂き、サポートをしてもらいながら、新たな事業を始めています。

 日本の農業の担い手の高齢化がすすみ、地球温暖化による気候変動や激しい風水害などにより、農業をめぐる条件はますます厳しくなっています。全国の農耕地の面積は、1961年の608.6万haから2023年には429.7万haへと約29%も減少しています。

減少する日本の農耕地(グラフは農水省「荒廃農地の現状と対策」2024年1月より引用)

 「荒廃農地」は、2021年時点で全国で25.3万haまで拡大し、そのうちの64%の16.3万haが「再生困難」とされています(2021年「耕地面積調査」、2021年「遊休農地に関する措置の状況に関する調査」)。2020年の「基幹的農業従事者」の平均年齢は、67.8歳。また、65歳以上が主体の農家・農業法人のなかで、「5年以内に農業経営を確保している」のは僅か28%にすぎません(2020年「農業センサス」)。このままいくと、10年もすれば、耕作放棄地が一気に広がるという危惧もあります。耕作放棄地は、耕作放棄地はまわりの農地にも悪影響を与えるのみならず、さらに広がれば日本の食料生産の根幹を危うくしかねません。

日本の荒廃農地(グラフは農水省「荒廃農地の現状と対策」2024年1月より引用)

 このようななかで、原田さんの果樹園復活の取取り組みは、日本の農業を維持するうえで、また、人々の健康で楽しい生活を作り出すうえでも、また、都市部の仕事をリタイアして地方で新たな事業と生き方を創造するうえでも、一つのモデルになりうる取り組みです。

SOFIXによる土壌診断のためのサンプリング

 農業生産にとって、最も重要なことの一つは「土づくり」です。そのため、原田さんとしては、果樹園復活にあたっては、SOFIX(土壌肥沃度指標)による土壌分析を定期的におこなうことを計画されています。そのため、「植樹祭」の参加者の皆さんが帰ってから、原田さんと私で、果樹園の土壌のサンプリングを行いました。 

 サンプリングの場所としては、桃の苗木を植えた果樹園の上段部分と、スモモなどを植える下の部分、そして、原田さんが手本にしようとしている師匠の稲葉さんの桃畑の土壌にしました。まず、目標とする稲葉さんの桃畑の土壌をデータで見える化して、自分の果樹園のデータも分析して、稲葉さんの土壌のデータに近づくように土づくりを行っていく方針です。

 一緒にサンプリングさせていただいた感想として、稲葉さんの土と、まだ復活したばかりの原田さんと土とでは、見た目も触った感じも全然違います。SOFIX(土壌肥沃度指標)では、これらの土壌1g中に何匹の微生物がいるのか、それらの微生物のエサとなる有機物が、どのような量で、どんなバランスであるのか、そして、微生物たちが有機物を分解して、肥料成分を作り出していく活動がどのようになっているかを、数字やグラフで示すことができます。そこから、微生物の数を増やし、その活動を元気にして、植物に肥料成分を安定的に供給できる状態にしていくための「土づくり」の指針も明らかにできます。

 まずは、サンプリングした土壌からどんな分析データが出てきたら、そのデータをもとに原田さんとディスカッションしたいと考えています。

農業は健康な地域づくりに貢献できるか――第1回地域健康医療コミュニティ研究会に参加して

 1月28日(日)、「第1回地域健康医療コミュニティ研究会」が大阪府吹田市の明治東洋医学院専門学校で開催されました。この研究会は、明治国際医療大学の伊藤和憲教授が呼びかけて開催されたものです。この研究は、地域の健康や医療を支えているのは、医師や看護師だけでなく、柔道整復師や鍼灸師、さらにはスポーツジムや食堂、商店などさまざまな人々であり、業種によって健康へのアプローチはちがうけれど、共通した概念や知識をもって互いに情報共有し、それぞれの特徴を生かした有機的な連携を果たしていくことが望ましいという視点から開催されました。当社代表の松田も、お声がけをいただき、有機農業や農的な生活を通じて、健康な地域づくりに貢献していきたいーーという思いからこの研究会に参加してきました。

 ※当社は11月11日に開催された一般社団法人養生普及協会の学術集会にも参加しています。

第1回地域医療コミュニティ研究会の抄録集

21世紀は「養生医学」(予防医学、未病医学)へ転換の時代

 研究会では、冒頭に、明治国際医療大学の前学長である矢野忠先生より、「地域の健康と医療の未来~21世紀の養生医学の構築を目指して」と題する特別講演がおこなわれました。

 矢野先生は、21世紀の少子高齢化などの人口変容にともなって疾病構造が大きく変化していると指摘しました。それは、生活習慣病や高齢疾患から、社会との不適合による疾病ーーこころの病、ストレス病へと変化しつつあることです。これらの疾病は治りにくいことから、医療は病気保障(治療医学)だけでなく、健康保障の医療(予防医学、未病医学)=「養生医学」への転換が迫られているとしています。

 矢野先生は、「養生医学」の目指すところは、「いきいきと生きること、Well Beingである」と述べ、そこには「養形」=身体の養生と「養神(養心)」=精神の養生があり、両者によって真の健康がもたらされると解説しました。また、こうした養生医療によって、高騰する医療費を抑えることにもつながると強調しました。

 矢野先生は、最後にこうした「養生医療」を実現するためは、地域の様々な人々がむすびついて「ヘルシーコミュニティー」を作ることが不可欠であると強調されました。そのため、鍼灸師が従来のように鍼灸院で患者を「待つ」だけでなく、積極的に地域に飛び込んで「ヘルシーコミュニティ」づくりに積極的にかかわっていくことが重要だと強調して講演を終えました。

「健康医療コミュニティ」づくりの事例を紹介

 研究会では、つづいて「シンポジウム1」として、地域での「健康医療コミュニティ」づくりの事例として、京都府南丹市、北海道恵庭市や大阪の繊維会社などの事例が報告されました。

 「シンポジウム2」では、「地域の疼痛患者を街全体で支える」というテーマで、医療従事者の症例報告と患者自身の報告がありました。

有機農業や農的な生活を通じた健康な地域づくりの可能性を感じる

 また、最後の一般報告では、地域での健康・医療コミュニティづくりの試みとして、スポーツや農業での実践も報告されました。とくに、農業については、農作業自身が身体を鍛え、精神を安定化させる「アグリスポーツ」としての役割を持っていることに着目し、明治国際医療大学のキャンパスのなかに農地を設置し、参加者の肉体的な健康状態についてはウエラブウォッチで、不安、自己肯定感など精神的な健康状態についてはアンケートで調査する取り組みが報告されていました。また、南丹市美山町の「森の鍼灸院」で遊休農地を利用したメディカルハーブの栽培へのチャレンジも報告されていました。

 有機農業や農的な生活を通じて、健康な地域づくりに貢献するという当社の考え友通じるものがあり、勇気づけられました。「農業×養生」による健康な地域づくりへの取り組みは始まったばかりですが、その可能性を感じた研究会でした。

 研究会終了後の懇親会では、参加した皆様方と親しく交流させていただきました。