耕作放棄地と空き家が「食と農のコミュニティ」に生まれ変わる——三重県伊賀市「畑村ガーデンプロジェクト」始動

全国で深刻化する耕作放棄地と空き家の問題にたいして、「食と農を軸にした地域コミュニティの再生」という新しいアプローチで挑むプロジェクトが、三重県伊賀市・大山田畑村地区で動き出しました。2026年6月24日に開催された「畑村ガーデンプロジェクト」の会合には、伊賀市在住の方を中心に宇陀市の農家など周辺地域からも人々が集まり、土と食と人をつなぐ構想を語り合いました。

地方の「困りごと」が出発点——耕作放棄地・空き家・孤立という三重苦

伊賀市・大山田地区の旧街道(国道163号沿い)には、かつて薬屋・染物屋などが軒を連ねた古民家群が残っています。しかし高齢化と過疎化の波にさらされ、耕作放棄された農地や空き家が増え、地域のつながりは薄れていきました。こうした状況は伊賀市に限ったことではありません。この課題が、本プロジェクトの出発点です。

プロジェクトの基本コンセプト:収益より「つながり」を中心に

畑村ガーデンプロジェクトのコンセプトは、古民家と畑・田んぼを舞台に人が集まるコミュニティをつくること。収益よりも「つながり」を優先し、農地継続の持続的な仕組みを構築することを目指します。

孤立しがちな高齢者・農家・移住者・都会の人たちを結ぶ交流の場として機能させながら、旧街道沿いの古民家群を活かして、かつての薬屋・染物屋等の産業文化を現代に再現しようとする試みでもあります。「場所があり、食があり、農がある。それだけで人は集まれる」という確信が、このプロジェクトの根底にあります。

活動の中核:「お料理共和国 Cook Republic」が地域を食でつなぐ

プロジェクトの中核を担うのが、料理研究家・土井敏久氏(土井勝家庭料理ラボ)が主催する「お料理共和国 Cook Republic」です。「食エコミュージアム」という構想のもと、料理・農・地域文化を一体化した活動を展開します。

土井氏の料理哲学の原点は、父・土井勝から受け継いだ「食材を生かす」こと。化学調味料や複雑な味付けに頼るのではなく、素材そのものの本物の味を引き出す基礎基本の料理を、各地域で伝えていくことを使命としています。

参考:土井敏久著「『だし』が世界をつなぐ ~暮らし・仕事・町づくりに根ざすお料理生活~」

年6回の「1Dayスクール」を軸に展開

具体的な活動の柱となるのが、年6回開催する「1Dayスクール」です。2026年7月18日(土)には第3回を伊賀・忍者市駅前「ハイトピア伊賀」で開催予定。女性の働き方・生き方をテーマにした講演(全国ツアー初回)や番組収録も実施されます。各回に教育委員会の後援を取得する方針で、国・県レベルより地元密着を優先した運営スタイルが特徴です。

インターネットラジオ「伊賀放送局」で世界へ発信

古民家内にスタジオを設置し、インターネットラジオ「伊賀放送局」(MKB / SMARTラジオステーション)からの発信も計画されています。広告なし・本音発信のスタイルで、海外在住の家族もスマホで聴取できるというグローカルな発信力が、地域外からの関心と移住者を呼び込む仕掛けとなります。

畑・農地の活用構想:耕作放棄地を「学びの教室」に

農家が「先生」になる「プロセスデザイン講座」

プロジェクトの要となるのが「プロセスデザイン講座」です。農地を「教室」として都市住民・学生に開放し、農家が「先生」の役割を担います。「土を見る・野菜を育てる・その経験を語れること」が、農家の新たな価値として見直されます。

高低差のある地形と多様な植生を活かした立体的な農園デザイン、同じ作物を異なる農法(水田・陸稲、有機・自然栽培等)で育てる比較実験型の畑、フォレストガーデンやコンパニオンプランティングなど欧州農法の導入も検討されています。「農業体験」にとどまらない、本物の「農業学習」の場を目指します。

SOFIXで「見える化」する土づくり——勘から確信へ

プロセスデザイン講座の重要な柱として、SOFIX(土壌肥沃度指標)による土壌診断を活用します。SOFIXは立命館大学・久保幹教授らが開発した技術で、土壌の「生物性(微生物量や循環活性)」を数値化・見える化するものです。

耕作放棄地の再生にあたっては、水はけや病害虫など土づくりのハードルが高く、「やる気だけでは続かない」というのが現実です。SOFIXによる診断で土壌の現状(総細菌数・窒素循環活性・リン循環活性など)を数値で把握することで、「今の土の何が問題か」「どんな有機資材を入れれば改善できるか」という処方箋を科学的に導き出せます。

参考:当社特設ページ「新規就農を『ギャンブル』にしない」

長年の経験と勘で農業をしてきた農家にとっても、SOFIXのデータは「自分の感覚が正しかった」ことを裏付ける道具になります。農家の叡知と科学的データを結びつけることで、耕作放棄地の再生から新規就農者の定着まで、属人的にならない「再現可能な農業」の仕組みをつくっていきます。

木津川でつながる「オーガニック・ツイン」——伊賀と宇陀の歴史的・土壌的物語

会合では、ソイル・コミュニケーション代表の松田から「伊賀と宇陀のつながり」について話題提供が行われました。

伊賀市とお隣の奈良県宇陀市は、ともに「オーガニックビレッジ宣言」を発出し、有機農業が盛んな地域です。この2つの地域は、木津川という一本の水脈で結ばれ、歴史・土壌・食の哲学においていわば「双子」のような関係にあります。

項目宇陀(奈良県)伊賀(三重県)
歴史・地勢伊勢街道の宿場町・薬草の聖地盆地・忍者の里・戦国陣中食
土壌褐色森林土
室生火山岩類の黒ボク土
古琵琶湖層の灰色低地土(粘土質)
食の哲学癒しと養生(旅人の体を整える)保存と力(過酷な環境を生き抜く)
有機農業の特性霧・寒暖差が病害虫を自然抑制→無農薬栽培に好条件粘土質の改良には有機堆肥による団粒化が必須

両地域は近鉄大阪線(榛原〜名張〜伊賀神戸)で日常的に行き来できる生活圏であり、医療・防災でも奈良県東部と三重県西部の自治体が相互応援協定を結んでいます。この歴史・土壌・食のストーリーを「プロセスデザイン講座」の教材に活用することで、農業体験に「地域の物語」という深みを加えることができます。

なぜ今、このプロジェクトが必要なのか

耕作放棄地の問題は「農家が高齢化した」という個人の問題ではなく、農地を引き継ぐ仕組みが社会的に失われてきたという構造的な問題です。また、新規就農者が条件の悪い農地をあてがわれ、技術的支援もないまま離農していく——この悪循環を断つには、「土の状態の見える化」「農家の知恵の伝承」「地域コミュニティの再生」を同時に進める必要があります。

畑村ガーデンプロジェクトは、その三つを一つの場所で実現しようとする試みです。SOFIXによる土壌診断で農地の現状を科学的に把握し、農家の経験と知恵をプロセスデザイン講座で伝承し、お料理共和国のコミュニティで人と人をつなぐ。古民家と耕作放棄地という「負の遺産」が、地域再生の資源に変わる瞬間が、伊賀から始まろうとしています。

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