環境先進都市から有機農業の推進へーー「オーガニックビレッジ宣言」を発した亀岡市の取り組み

 11月4日(土)、ひとまち交流館京都(京都市下京区)で、亀岡市の有機農業の取り組みについての講演会と映画『種とゲノム編集の話』の上映会が開催されました。主催は、京都種子(タネ)と食の安全を守る会準備会で、約40人が参加しました。

 主催者あいさつの後、京都府内でいち早く「オーガニック・ビレッジ宣言」を発して、精力的に有機農業を推進している亀岡市の取り組みについて、亀岡市役所の農林振興課副課長である荒美大作さんから、要旨つぎのような講演がありました。

分かりやすく講演する荒美さん

①亀岡市の概要

 亀岡市は、京都市の西隣にあり、人口は約87,000人。湯の花温泉保津川下り嵯峨野トロッコ列車などの観光資源があり、最近ではサンガスタジアムが開設されている。

 農業の特徴としては、農業経営体が1,487(うち法人30)、経営耕地面積1,641ha。農業出荷額は62億円(2021年)で、これまでは米や野菜が多かったが、最近は鶏類の伸びが大きい。

 有機農業への取り組みは、農林業センサス(2020年)によると経営体の7%、作付面積の5%となっている。

 しかし、全国の農村地域とおなじように担い手不足が深刻化しつつあり、農業従事者は2020年から2030年の10年間で47.5%がリタイアする可能性がある。

②これまでの取り組み

 亀岡市では、全国に先駆けてプラスチック製レジ袋の提供を禁止する条例を施行するなど、「環境先進都市」を目指す取り組みをおこなっている。そのきっかけとなったのが、保津川にプラスチックごみが散乱していることだった。そこから、2004年に保津川下りの船頭さんによる清掃活動が始まった。その活動がだんだんと広がり、2008年には保津川の環境保全に取り組むNPO法人プロジェクト保津川が発足した。その動きは、やがて行政も動かして、2015年には亀岡市が「環境先進都市を目指すビジョン」を制定した。

 2021年には「亀岡市プラスチック製レジ袋提供禁止に関する条例」が施行されるに至った。

 こうした環境先進都市の取り組みの発展として、市として有機農業を推進するようになった。その背景の一つは、新規就農者のなかで有機農業を希望する人が増え、85名の新規就農者のうち24名が有機農業を実践(2021年度)していることである。市としても、農業の担い手の確保、農産物の高付加価値化、農業由来の環境負荷の低減という観点から有機農業の推進を加速化している。

 これまでに取り組んできたことは、次の通り。

(1)生産者への補助制度の創設
・有機JAS認証の取得支援(3年間 1年目7/10、2年目6/10、3年目5/10)
・土壌診断の費用の補助
・給食での有機米・野菜購入に対する差額支援

(2)保育所・学校給食への有機野菜・米導入
 有機農産物の販路確保のための出口戦略として、保育所・学校給食への有機米・野菜の導入を進めている。小学校の給食は、市内の全ての学校の給食を1ヶ所のセンターで調理している。午前中にすべて調理をして、給食を届けるためには、野菜を機械でカットする必要があり、1日5,000食分となるとある程度形や大きさなどの規格を揃えないとと間に合わない。しかし、現状では、有機栽培の野菜でそれだけそろえるのは難しいので、まず自園で調理をしている保育所やこども園から有機野菜を供給している。小学校については、野菜ほど規格が細かくないため、有機米から進めている。

(3)オーガニックをすすめる団体との連携
亀岡オーガニックアクション(有機米栽培)
自然派京都有機農業推進協議会(研修会開催等)
かめまる有機給食協議会(有機野菜提供・マルシェ)

 農水省は、「みどりの食料システム戦略」を打ち出し、2050年までに耕地面積に占める有機農業の取り組み面積の比率を25%にまで引き上げることを打ち出し、国としても有機農業を進める方向へ舵を切った。

 亀岡市としても、農水省が進める「オーガニックビレッジ」に手を上げ、2023年2月12日に「オーガニックビレッジ宣言」を発した。これまで有機農業の推進で実績を積み重ねてきた自治体に比べたら、亀岡市はまだ始まったばかりだが、「オーガニックビレッジ宣言」を発したのは全国で二番目だった。

③これからの取り組み

これからの取り組みとしては、有機農業を地域ぐるみで推進するために
①地産地消・給食への展開拡大
②有機農業の学校(来年2月開講)による育成プログラム
③亀岡市独自の有機認証制度の検討
④有機農業の拠点としての「オーガニック・ビレッジパーク」の整備など、市民参加の推進
などを進めていく。

 以上のような荒美さんの熱のこもった講演にたいして、参加者は熱心に聞き入っていました。講演後の質疑応答でも、「亀岡市の有機農業への予算はどれぐらいになっているのか」「プラスチックごみをなくす活動と有機農業推進とを結び付けて欲しい」「有機農産物を選ぶという消費者の意識改革も必要ではないか」「有機農産物が一部のお金がある人だけでなく、お金のない人にも行き渡るようにしてほしい」など、様々な角度からの質問や意見が出され、荒美さんとのさらに討論を深めました。

 このイベントの後半では、農業にとって大事な種子の問題を考えるための素材として、映画『種子とゲノム』が上映されました。この問題についても上映後、意見交換がおこなわれました。

参考情報
「オーガニックビレッジ宣言」を行っている長野県松川町では、一般社団法人SOFIX農業推進機構が協力機関として参画し、SOFIX(土壌肥沃度指標)による土壌診断を実施。
 ・農林水産省ホームページ 松川町の取組概要
 ・第12回SOFIX実践・事例研究会 長野県松川町でのオーガニックビレッジの取組

有機農業と東洋医学に共通する原理ーー日本養生普及協会の学術集会に参加して

 11月11日の午後、一般社団法人養生普及協会の学術集会にオンラインで参加しました。

 養生普及協会は、東洋医学の「養生」という考え方を現代に活かすことを目的に結成され、当社代表の松田も会員になっています。

 大変興味深い報告が沢山ありましたが、養生普及協会の会長であり、明治国際医療大学の鍼灸学部教授・学部長である伊藤和憲先生のお話がとくに興味深かったです。

 伊藤先生によれば、健康とは、肉体的・精神的だけでなく、社会的にも満たされたものであるべきだと言われています。

 医療は最初は、寿命を延ばすことを目的として、そのために様々な治療やリハビリなどが発展してきました。

 これによって寿命は延びましたが、最後の十数年は寝たきりなど不健康な状態が続くようになったので、次は「健康寿命」が追求されるようになりました。それもいずれ達成されるでしょう。

 その次に今、追求すべきことは、Well Beig ーー 亡くなる直前まで、健康で幸せに暮らせること、自分らしく、自分の価値観で楽しく生きられることです。昔から言われている「ピンピンコロリ」が課題になってきます。

 そのためには、病気にならない生活習慣を身につけていくこと。それが東洋医学で長年培われてきた「養生」だということです。

 ただ、この「養生」は、一人だけでできるものではなく、社会全体、地域全体が良くなることと結びつかないとなかなか実現できないということです。 経済格差が広がれば、健康的な生活習慣を送れない人々が増えるのは、今の現実をみればわかることです。

 そのため、地域全体で、健康的な生活を送れるようなコミュニティをつくること、そのなかには、旬の食べ物を食べ、季節に根差した祭りやイベントなどを通して、地域の人々がつながっていくことが重要となります。また、そうしたコミュニティを通して、地域の農業や観光業などの産業を活性化して、地域を豊かにし、人々の収入が増えることも不可欠です。さらに、こうした養生生活を送ることで、どれだけ健康が増進しているかのデータをとり、蓄積し、ビッグデータでしっかり検証していくこと。こうしたことを養生普及協会では考えておられるということです。

 有機農業と東洋医学に共通する原理があります。それは、病害が発生すれば農薬を使い、病気になればその症状を抑える薬を処方するという対処療法ではなく、農耕地や人間の心身の全体を見て、農耕地の「地力」や人間の「免疫力」を高めることを通じて、病気の根本原因を取り除くことです。

 ソイル・コミュニケーション合同会社は、SOFIX(土壌肥沃度指標)技術を活用し、「土づくり」から有機農業や循環型型の地域社会をつくっていくことを目指しています。この事業も、東洋医学や地域のコミュニティづくりと密接に関連したものです。 まだまだ、当社も非力ですが、養生普及協会さんとも連携を深めていきたいと考えているところです。

学校校庭の芝生化による炭素貯留効果を検証

 11月1日(水)、神戸学院大学で、「土壌中の炭素貯留による低炭素社会の構築のための学校校庭の芝生化と有機農業の推進」というテーマの研究プロジェクトの第2回目の会議が開催され、当社も参加しました。

 この研究は、温室効果ガスの低減の方策の一つとして、土壌への炭素貯留が課題となるなかで、「学校の校庭の芝生化」と「農地への有機肥料の施用」によって土壌への炭素貯留量を増やすことと、それを数字で「見える化」することを目標としています。研究代表者は、神戸学院大学の現代社会学部の菊川裕幸講師で、神戸市の「大学発アーバンイノベーション神戸 研究費助成」事業の支援を受けて、2022~2023年度に取り組まれています。

 2022年度の取り組みでは、学校給食の残渣や地域の有機資源である竹チップを使った堆肥製造の実験をおこないました。

 参考:肥料コスト低減につながる堆肥を使うには品質の見極めが大事

 2023年度は、学校の校庭の芝生化による炭素貯留効果を実測するための土壌分析等を行いました。また、前年度に作成した堆肥による農産物の栽培実験をおこないました。

 当社は、この実験のなかで、堆肥のMQI(堆肥品質指標)分析3項目(総細菌数・全炭素量・全窒素量)分析、土壌の3項目分析と分析データの評価などでをおこないました。

 11月1日の会議では、この間の学校の校庭の土壌の分析結果をどうみていくかについて活発な議論を交わしました。

 この研究プロジェクトは最終的には、神戸市の「地球温暖化防止実行計画」で打ち出されている二酸化炭素吸収源対策を実現することを目指しています。当社も、このプロジェクトに参加して、低炭素社会の実現に貢献できればと考えています。

芝生が張られた場所での土壌サンプリング

オーガニックビレッジ目指す京都府亀岡市の取り組みついて講演会を開催

  11月4日(土)13:15~ 京都市のひとまち交流館京都で、「亀岡市の有機農業の取り組み――環境先進都市を目指す」と題する講演会が開催されます。講師は、亀岡市農林振興課副課長兼有機・食農推進係の荒美大作さんで、主催は「京都種子(タネ)と食の安全を守る会準備会」です。

 亀岡市は、京都府内で唯一、農水省が推進する「オーガニックビレッジ」構想に手を挙げている自治体です。

 ■亀岡市「オーガニックビレッジ宣言」

 「オーガニックビレッジ」とは、農林水産省の政策の一つで、有機農業の生産から消費まで一貫して、農業者のみならず事業者や地域内外の住民を巻き込んだ地域ぐるみの取組を進める市町村のことをいい、2025年までに100市町村、2030年までに200市町村創出することを目標としています。これは、農水省が打ち出した「みどりの食料システム戦略」ーー2050年までに農業分野でゼロエミッション、化学農薬の50%削減、化学肥料の30%削減、有機農業の取り組み面積を全耕地面積の25%に引き上げーーに沿ったものです。
 
 有機農業を市をあげて力を入れて推進している亀岡市の取り組みについて市の担当者から話してもらえる機会となります。

 講演会では、併せて、映画『種とゲノムの話』も上映されます。

 参加費は500円。オンラインでの視聴も可能です。

■日時 2023年11月4日(土)13:15~16:40

■会場 ひとまち交流館京都 3階 第5会議室
    京都市河原町六条上ル東側
     京都市バス4号、17号、205号系統「河原町正面」下車すぐ
     京阪電車「清水五条駅」、「七条駅」下車すぐ

■主催 京都種子(タネ)と食の安全を守る会準備会

■プログラム
 13:00 会場
 13:25 開演(開会挨拶等)
 13:30 講演「亀岡市の有機農業の取り組み
        ~環境先進都市を目指す~」
     講師:京都府亀岡市農林振興課副課長
        兼 有機・食農推進課長
 14:30 講演についての質疑応答
 15:00 休憩
 15:15 映画上映「種とゲノム編集の話」
 16:05 可能な範囲での質疑(意見交換)
 16:30 修了

■オンライン視聴
 希望者は、下記のメールまでご連絡ください。
 参加費は別途振込。
 dkdsh800 アットマーク kyoto.zaq.ne.jp
※メール送信時は、アットマークを@に変えてください。

学校校庭の芝生化と有機農業を通して炭素貯留・低炭素社会の実現を目指す神戸学院大学プロジェクト

 7月4日、神戸学院大学で、「土壌中の炭素貯留による低炭素社会の構築のための学校校庭の芝生化と有機農業の推進」というテーマの研究プロジェクトの会議が開催されました。この研究プロジェクトは、同大学の現代社会学部の菊川裕幸講師が研究代表者となって、神戸市の「大学発アーバンイノベーション神戸 研究費助成」事業の支援を受けて、2022~2023年度に取り組まれています。

 この研究プロジェクトが目指す最終目標は、「学校の校庭の芝生化」と「農地への有機肥料の施用」によって土壌への炭素貯留量を増やすことと、それを数字で「見える化」することです。このことによって、神戸市の「地球温暖化防止実行計画」で打ち出されている二酸化炭素吸収源対策を実現することを目指しています。当社も、このプロジェクトに参加して、堆肥や土壌の分析をすすめており、これらを通して低炭素社会の実現に貢献できればと考えています。

 7月4日の会議では、この間取り組んできた、学校給食の残渣や地域の有機資源である竹チップを使った堆肥製造の試験で得られたデータについて議論を深めました。

 本研究プロジェクトでは、今年度末へむけて、引き続き学校の校庭の芝生化による炭素貯留効果等について研究を進めていく予定です。  

【写真は、竹チップや学校給食残渣を使った堆肥製造試験】

肥料コスト低減につながる堆肥を使うには品質の見極めが大事

 ロシアのウクライナ侵攻以降、化学肥料の価格は一時は前期比で2倍近くに高騰しました。2023年6月の時点では、肥料価格は少し落ち着き始めてはいますが、依然として高止まりしていることには違いありません。くわえて、電気代、燃料代、種苗代、その他農業資材の価格が軒並み値上げされています。そうしたなかで、地域の堆肥や有機資材を使って、肥料コストを少しでも低減させていこうという動きが広がっています。

 しかし、注意しなければならないのは、地域の堆肥のなかには品質の良くないものも多く含まれていることです。立命館大学発の土壌診断技術SOFIX(肥沃度指標)では、堆肥の品質を特A、A、B、Cの4段階で評価していますが、分析した牛糞堆肥の68%がC評価であったという結果も出ています。そのため、堆肥を使う上では、その品質を良く見極める必要があります。

肥料価格の高騰は構造的な問題

 肥料価格は、2021年ごろから上昇傾向にありましたが、ウクライナ戦争直後の2022年の秋肥は、尿素(輸入大粒)が一気に94%、塩化加里も80%も値上げされるなど、前代未聞の大幅値上げとなりました。その後、2023年春肥は値上げ幅が小幅となり(尿素は9%値下げ)、2023年秋肥については5%~44%の値下げとなりました。しかし、2021年以前の水準には戻っておらず、依然として肥料代が高騰している状態は続いています。

表1 肥料価格の高騰(2023)

2020
肥料年度
秋肥
2020
肥料年度
春肥
2021
肥料年度
秋肥
2021
肥料年度
春肥
2022
肥料年度
秋肥
2022
肥料年度
春肥
2023
肥料年度
秋肥
尿素(輸入・大粒)▲4.5%▲2.0%24.00%18.00%94%▲9%▲37%
尿素(国産・細粒)▲5.7%▲1.7%12.10%18.00%73%11%▲28%
硫安(粉)6.90%▲0.9%10.00%10.60%45%8%▲20%
過石▲0.2%5.30%4.90%25%15%▲7%
重焼りん▲0.6%5.30%4.60%25%16%▲5%
塩化加里▲4.4%▲7.3%8.00%17.00%80%31%▲44%
けい酸加里▲1.3%▲1.9%2.70%4.00%36%13%▲19%
高度化成(基準銘柄)55%10%▲28%

 こうした肥料価格の背景として、ウクライナ戦争の影響によって、塩化カリウムの産出国であるロシアやベラルーシからの輸出が停滞したことが大きな要因の一つとして挙げられます。しかし、それは「追加要因」の一つにすぎません。より大きな問題は、ここ数十年前から始まっている肥料をめぐる世界的な需給のひっ迫という構造的な問題です。

 まず需要の側から見ると、世界の人口増加です。1990年に50億人だった世界人口は2020年には77億人となり、2050年には91億人に増加すると予測されています。人口が増えれば、当然、人間が食べる穀物の増産が必要となり、そのための肥料の需要が増えます。

 さらにBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)などの中進国の経済が急速に発展し、人々の生活が豊かになると、食生活も変化し、肉を多く食べるようになります。そのためには、より多くの家畜を育てるための飼料として穀物が必要になります。牛肉1kgを生産するのに穀物が11kg、豚肉1kgを生産するのに穀物が7kg必要となります。こうした飼料用穀物のためにさらに肥料の需要が増えてきました。

 それに加えて近年の「追加要因」としては、石油にかわる持続可能なエネルギー源として、アメリカやブラジルなどを中心にバイオ燃料の生産が活発になっていることです。これは、トウモロコシやサトウキビの糖を発酵させてエタノールを生産するものです。これらのトウモロコシやサトウキビの生産のためにも肥料の需要が増えています。

 他方、供給の側を見ると、そもそも化学肥料の原料の産出国が、特定の国に偏在しているという問題があります。

 リンの原料であるリン鉱石は、アメリカ、中国、モロッコの3か国で世界の生産の7割を占め、さらに上記6か国となると全体の9割を占めています。

 カリウムの原料であるカリ岩塩やカナール石などを輸出できるのは、カナダ、ロシア、ベラルーシ、ドイツ、イスラエル、ヨルダンのみです。

 窒素肥料は、空気中の窒素を固定化して製造するので、原料は世界中にあるといえますが、その合成の過程ではナフサや天然ガスを使うので、やはりその生産国の影響を受けます。

 また、肥料の生産・輸出大国であった中国やアメリカは、国内需要が増えすぎているため、輸出にブレーキをかけています。

 近年の「追加要因」としては、コロナ・パンデミックによって、世界的なサプライチェーンが混乱し、肥料原料の輸送も滞ったことが挙げられます。そして、ウクライナ戦争によって、ロシア・ベラルーシからのカリウムの供給が滞ったことも「追加要因」であり、まさに「泣きっ面に蜂」状態であったと言えます。

 こうした構造的な問題を見ていくと、今は価格が多少おちついたとはいえ、世界で別の問題が起これば、また、価格が高騰し、農業の経営にも深刻な打撃を与えられるということになりかねません。ここにいたって、原料の大部分を輸入に頼った化学肥料中心の農業のあり方が問われてきています。

堆肥の利活用の動き

 こうしたなかで、身近な地域にある有機資源に着目し、地域にある堆肥を肥料として活用することで、コストの低減や肥料の安定的な確保を図ろうとする動きが起こっています。

 農林水産省も、2023年1月には「国内肥料資源利用拡大対策事業」を打ち出しました。その基本的な考え方は次の3点です。

1.海外からの輸入原料に依存した肥料から、国内資源を活用した肥料への転換を進め、国際情勢に左右されにくい安定的な肥料の供給と持続可能な農業生産をめざす。
2.このためには、肥料の原料供給者・製造事業者・利用者が連携して取り組むことで、3者ともメリットのある取組を目指すことが必要。
3.関係者の連携による 「農家が使いやすい肥料」作りを後押しすることで、国内肥料資源の利用拡大を推進する。

農林水産省の政策資料より転載

 2月22日には農水省の呼びかけで、原料供給事業者(畜産事業者、下水事業者等)、肥料製造事業者、耕種農家(JA等)の関係者が一堂に会し、「国内肥料資源の利用拡大に向けた全国推進協議会」を設立しました。

 このもとで、原料供給者・製造事業者・利用者の相互連携、マッチングをはかるためのマッチサイトも開設されています。このサイトでは、関連事業者のニーズ等に関する情報を一元的に収集し、互いに閲覧できて、自主的に連絡をとりあってマッチングをおこなえるようにしています。
 ■国内肥料資源の利用拡大に向けた関係事業者間のマッチング支援の取組について

 また、各事業者向けにも成分分析への支援等具体的な支援事業を実施しています。その具体的内容については、最後でふれたいと思います。

 こうした政策を打ち出した背景には、「農林水産業の二酸化炭素排出実質ゼロ」にむけ、化学肥料30%削減や化学農薬の使用量半減、有機農業100万haという目標を掲げた農水省の「みどりの食料システム戦略」があります。

それぞれの堆肥の特徴を活かす

 国内肥料資源の重要な要素として堆肥があります。堆肥というと、慣行農法を進められている農家さんのなかでは、あくまでも「土壌改良剤」という位置づけで、肥料としては考えていない方も多くおられるのではないかと思います。ある農家さんは、「堆肥にはできるだけ肥料成分は入っていない方がいいんだ」とおっしゃっていましたが、そこには肥料成分はあくまでも化学肥料で供給するので、堆肥に下手に肥料成分が多いと肥料過多になって困るという考え方があるのでしょう。

 他方、有機農業や環境保全型の農業をすすめておられる農家さんは、肥料成分の供給源として堆肥を使われています。原料を海外に依存した化学肥料の価格が高騰し、その安定確保も危うくなっている今、堆肥をはじめとする国内の肥料資源は重要な意義を持つようになっています。

 堆肥にも色々な種類があり、その特徴をうまく活かす必要があります。たとえば、鶏糞堆肥は、牛糞堆肥や豚糞堆肥にくらべて窒素成分が多いので、窒素成分を好む作物には向いていますが、水田などに使うと窒素過多になってしまい、せっかく育った稲が倒伏する危険性もあります。

 また、バーク堆肥には、窒素、リン酸、カリなどの大量要素の含有率は低いですが、ミネラル分が多く、炭素分が多いです。そのため、これまで化学肥料中心の施肥をおこなっていた圃場で、肥料の三大要素が多いが、有機物やミネラル分が少ないような土壌を改善するのは役立つかもしれません。

 今日の時点で、堆肥を活用する意義としては、つぎの4点があると考えます。

 ・地域のバイオマス資源を活用することで肥料の自給率を高める
 ・肥料コストの低減をはかる。
 ・化学肥料の多用によって低下した地力を高める
 ・堆肥に含まれる難分解性の炭素の貯留によりCO2の吸収源とする

堆肥を適切に使うために大事なこと

 しかし、地域の堆肥を活用するといっても、やみくもに使ってしまうと、肥料成分が十分に作物に吸収されず、成長がわるくなったり、肥料過多になったり、カビを発生させるなど、逆に様々な障害が起こってしまいます。これは、農水省の「国内肥料資源利用拡大対策事業」でも指摘されている点です。

 堆肥を適切に活用するためには、①まず土壌診断を行い、土壌の状態を可視化したうえで、その状態に応じて、適切な種類の堆肥を、適切な量で施肥していくこと、②良質の堆肥を選ぶこと、の二点が重要となります。

 ①に関していうと、堆肥の場合は、肥料成分の多くが直物に直接吸収されない有機物の形で含まれていて、それらが土壌中の微生物のはたらきによって、じわじわと分解されて、植物が吸収できる形に分解されていきます。そのため、土壌診断にあたっては、土壌中に含まれる肥料の状態だけでなく、微生物の状態も把握するのが理想です。

 立命館大学で開発されたSOFIX(土壌肥沃度指標)という土壌診断技術は、従来の土壌診断で分析する土壌の「化学性」(肥料成分等)や「物理性」(土の硬さ、水はけ等)の分析に加えて、「生物性」ーー微生物の量やその動き、そのエサとなる有機物の量とバランスを分析することができます。また、分析結果にもとづいて、堆肥や有機資材を適切に入れていく施肥設計を行うことができます。その詳細については、今回は触れませんので、下記のサイトをご覧ください。
 ■SOFIXとは

 ②に関してですが、地域の堆肥の製造・販売元としては、堆肥メーカーが製造・販売しているものから、畜産農家が製造・販売しているもの、自治体やJAなどで製造・販売しているものなど千差万別です。また、品質も千差万別であり、必ずしも畜産農家のものがメーカーのものに劣るとは限らず、値段が高ければ必ず善いというわけでもありません。

 冒頭でも述べたように、土壌診断技術SOFIX(肥沃度指標)技術の一つであるMQI(堆肥品質指標)では、堆肥の品質を特A、B、Cの4段階で評価することができます。(図1)

図1MQI(堆肥品質指標)のパターン判定

MQIによる堆肥評価の基準

 では、SOFIXでは堆肥を評価をどのような基準で行っているのでしょうか?

 SOFIXでは、堆肥を分析する指標として、MQI(堆肥品質指標)という分析サービスを提供しています。

 測定項目は、①通常の肥料成分の分析の4項目(硝酸態窒素、可給態リン酸、交換性カリウム、アンモニア態窒素)に、②物質循環にかかわる分析の6項目(全炭素量、全窒素量、全リン量、全カリウム量、C/N比、含水率)と、③堆肥中の総細菌数を加えた11項目です。

 MQIでは、鶏糞堆肥、鶏糞以外の動物性堆肥、植物性堆肥、その他堆肥(食品残渣、ぼかし肥料等)など各種堆肥の特徴に合わせて4つのカテゴリーに分けて、評価基準を設け(表2)、パターン判定と特A、A、B、Cの評価を行っています。

表2 MQIの評価基準

測定項目推奨値
動物性堆肥
(鶏ふんを除く)
鶏ふん堆肥植物性堆肥
(バーク堆肥等)
その他堆肥
(残渣、ボカシ等)
◆全炭素(TC)(mg/kg)≧200,000≧200,000≧200,000≧200,000
◆総細菌数 (億個/g-土壌)≧10≧10≧10≧10
◆全窒素 (TN(N)) (mg/kg)≧12,000≧30,000≧5,000≧12,000
◆全リン (TP(P)) (mg/kg)≧6,000≧13,000≧2,000≧6,000
◆全カリウム (TK(K)) (mg/kg)≧15,000≧20,000≧4,000≧15,000
◆C/N比< 20< 15< 30< 20
◆含水率 (%)< 35< 35< 35< 35

 図2は、生糞が微生物の発酵作用によって、しだいに堆肥になっていく様子を模式化したものです。茶色が窒素量(N)、ねずみ色が炭素量(C)です。 生糞の状態では、炭素(C)と炭素(N)の比率(C/N比)が40前後ぐらいですが、微生物の発酵作用によって温度が上がり、しだいに炭素成分がCO2 として空気中に放出され、水分(H2O)も蒸発していきます。そして、C/Nが20前後となって、発酵がとまります。

図2 堆肥の発酵の模式図

 そうした点を踏まえて、表2の評価基準では、まず、発酵の基質として、全炭素量が200,000mg/kg以上、発酵のエンジンである総細菌数が10億個/g以上、含水率が35%未満であることを重要な基準としています。

 C/N比については、鶏糞以外の動物系堆肥は20未満、鶏糞堆肥は15未満、植物系の堆肥は30未満です。

 これらの基準を満たしていれば、基本的に「完熟堆肥」だと言えます。

 MQIの判定基準では、上記に加えて、鶏糞堆肥、鶏糞以外の動物系堆肥、植物系堆肥、その他堆肥に含まれる肥料成分(全窒素量(TN)、全リン量(TP)、全カリウム量(TK))を考慮して、それぞれの堆肥のデータの傾向性を8つのパターンに分類し、それらを堆肥の品質という観点から特A、A、B、Cの4段階にランク付けしています。

 表2の評価基準をすべてクリアしていれば特Aです。以下、全炭素量(TC)と総細菌数は評価基準を満たしているが、C/N比や含水率の基準値を満たしていないとパターン2=A1、全炭素量(TC)・全窒素量(TN)・細菌数は基準値を満たしているが、全カリウム量(TK)が基準値を満たしていないとパターン2=A2…というように評価しています。

 これらのパターン判定と評価を見ていくと、その堆肥の品質を数字で明確に評価できますし、たとえ評価が低くても、改善の課題が明らかになります。

表3 MQIと評価とパターン判定の内容

評価パターン判定基準コメント
特A1全項目OK全炭素と肥料成分が十分でバランスが良好な堆肥
A12C/N比と含水率以外の項目がOK全炭素と総細菌数は十分だが、肥料成分のバランスがやや悪い
A23全炭素量・全窒素量・総細菌数はOKで全カリウム量がNG全炭素・全窒素・細菌数は十分だが、カリウムの成分が少ない堆肥
A34全炭素量・全窒素量・総細菌数はOKで全リン量がNG全炭素・全窒素・細菌数は十分だが、リンの成分が少ない堆肥
B15全炭素量・全窒素量・総細菌数はOKで全リン量・全カリウム量がNG全炭素・全窒素・細菌数は十分だが、リンとカリウムの成分が少ない堆肥
B26全炭素量・全窒素量・総細菌数はOKで全窒素量がNG全炭素・細菌数は十分だが、窒素成分が少ない堆肥
B37全炭素量はOKで総細菌数がNG全炭素は十分だが細菌数が少ない堆肥
C8全炭素量がNG炭素成分が不足しており、未完熟の可能性がある。

 

牛糞堆肥はC評価が68%

 では、一般に流通している堆肥をMQIで評価してみると、どうなるでしょうか?

 図3は、鶏糞堆肥、牛糞堆肥、豚糞堆肥、その他堆肥のMQI評価結果をまとめたものです(集計対象:2018年6月~2021年4月 556検体、2021年10月18日、SOFIX実践事例研究会、松田発表資料より)。

図3 各堆肥の評価の比率

 これによると、牛糞堆肥は68%がC評価であり、特Aは5%、Aは8%、Bは19%でした。牛糞堆肥の場合は、含水率が50%前後という堆肥が多い傾向があります。含水率が50%ということは、重量の半分が水ということになります。発酵や乾燥が不十分で、水分が残っており、その分、肥料成分も薄まっていて、多くの基準値がNGとなっていると思われます。なかには、野ざらしで堆肥を堆積されいるところもあり、そうしたところでは含水率が高くなっています。

 他方、鶏糞堆肥はCはわずか15%で、特Aは22%、Aは2%、Cが61%となっています。鶏糞堆肥の場合は、養鶏場に乾燥機能を備えた堆肥化装置を設置されているところが多く、含水率が35%以下になっているところが多いので、C評価が少ないのではないかと考えられます。

 以上のデータは、限られたデータを取りまとめたものですが、実際に流通している堆肥の傾向をある程度反映したものだと思われます。

 いずれにしても、とくにC評価の堆肥を使っている場合、十分な肥料効果が期待できないばかりか、何らかの障害を引き起こす可能でもあるので、十分な注意が必要となります。

まずは堆肥、有機資材を分析してみよう

 堆肥のユーザーである農家さんには、普段使っている堆肥や有機肥料、あるいはこれから使ってみようと考えている堆肥や有機肥料を一度、MQIで分析して、データを具体的に見てみることをお勧めします。数字から、普段気づかないことが見えてくる可能性が高いです。

 また、畜産農家や堆肥・有機肥料製造メーカーの方にも、製造・供給している堆肥についてMQI分析をされることをお勧めしています。「特A」評価であれば農家にとって使いやすい完熟堆肥として広く宣伝することができます。それ以外の評価であっても、堆肥を改善していくための指標として使うことができるでしょう。

 さきに紹介した農林水産省の「国内肥料資源利用拡大対策事業」では、国産の堆肥や有機肥料の利用を促進するため、各事業者別に堆肥の成分分析などをはじめとする補助事業を進めています。

 たとえば畜産農家など、肥料原料供給者むけには、肥料製造業者が使いやすい原料を供給するために、堆肥の成分や堆肥原料の分析や検査体制の整備、堆肥の高品質化・ペレット化に要する設備、機械の導入などへの支援を行っています。

 肥料製造業者向けには、農家が使いやすい肥料の製造のため、ペレット設備の導入や肥料の施策、原料供給業者との検討や肥料の成分分析、臭気・衛生対策の設備の整備への支援をおこなています。

 そして堆肥や有機肥料を使う農家向けには、散布機の導入や圃場での栽培実験、流通・保管設備の整備、新肥料への不安払しょくのための勉強会等への支援を行っています。

 これらの施策を有効に活用して、堆肥や有機資材のMQI(堆肥品質指標)の分析をしてみましょう。ソイル・コミュニケーション合同会社では、分析の進め方等について無料でご相談に応じています。

 SOFIX(土壌肥沃度指標)、MQI(堆肥品質指標)分析メニュー・価格の確認や分析の申し込み、ご相談、お問い合わせは、下記からお願いします。

 この記事が、国内肥料資源の有効活用に何らかの形で貢献できれば幸いです。

 【分析・診断メニュー】

 【SOFIXやMQIへの問い合わせ先】

 【農林水産省「国内肥料資源利用拡大対策事業」】

 

以上

食をめぐる攻防を描く堤未果さんの新著『ルポ 食が壊れる』でSOFIXも取り上げる

 

堤未果さんの新著

ソイル・コミュニケーションズの松田です。

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 昨年の12月20日に国際ジャーナリスト・堤未果さんの『ルポ 食が壊れる――私たちは何を食べさせられるのか?』(以下「本書」)という本が文春新書から出版されました。

 私は、堤さんの本については、『ルポ 貧困大国アメリカ』、『(株)貧困大国アメリカ』、『株式会社アメリカの日本解体計画』などを読んだことがあります。前の2つの本は、戦争や民営化、遺伝子組み換え種子などでアメリカの巨大資本が世界中の富を集中する一方で、アメリカの労働者や若者が貧困に追い込まれている実態を丹念な取材をベースに書いています。3番目の本は、そのアメリカの巨大資本が、日本の公共事業や土地、郵便貯金や簡易保険の巨大マネーなどをいかにして収奪しようとしているかをつぶさにルポしています。今回の本は、食に焦点を置いて、アメリカの巨大資本がいかに世界の食料市場を食い物にしているか、とくにわれわれが日常的に食べているものがどのように変えられようとしているかをルポしています。

 堤さんの本を読むと、今日の社会の恐るべき実態に驚愕するとともに、巨大な力を前にしての無力感や悲壮感を感じます。しかし、今回の本では、そうした実態とともに、最も大事な食や農業を守り、持続可能な社会のあり方を追求している国内外の市井の人々の努力を丁寧な取材で取り上げていて、希望や勇気を与えてくれる書となっています。そして、こうした努力の一つとして、私たちが推進しているSOFIX(土壌肥沃度指標)技術についても、取り上げています。

億万長者による食の<グレートリセット>

 本書によれば、2020年6月に開催された世界経済フォーラム(WEF)で、クラウス・シュワブ会長とイギリスのチャールズ皇太子(当時)が、世界の食システムの<グレート・リセット>を打ち出しました。新型コロナウィルスや気候変動、化石燃料の枯渇、人口増加のもとで、従来の食料システムは限界に来ているので、これらをすべて壊して、遺伝子操作・バイオ技術、デジタル技術などを中心とした最新のテクノロジーを使った農業システムで置き換えなければならないというものです。

 この<グレート・リセット>計画のための資金協力で顔を並べるのが、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏、穀物メジャーのカーギル、農薬や種子の多国籍企業シンジェンダ、畜産大手のタイソン、化学メーカーのバイエルやユニリーバ、ワクチン大手のグラクソ・スミスクライン、流通のアマゾン、巨大IT企業のグーグル等です。

 本書では〈グレート・リセット〉の具体的な内容について、第1章から4章で触れています。

 第1章「『人工肉』は地球を救う?ーー気候変動時代の新市場」
 第2章「フードテックの新潮流ーーゲノム編集から<食べるワクチンまで>」
 第3章「土地を奪われる農民たち――食のマネーゲーム2・0」
 第4章「気候変動の語られない犯人ーー”悪魔化”された牛たち」

もう一つの<グレートリセット>

 他方、今回の堤さんのルポでは、もう一つの<グレートリセット>を取り上げています。
 本書では「こちらのプレーヤーは、小規模農家や先住民、ささやかな規模で食を生産する農村や子どもたちの食を守ろうとする教育関係者、自治の力で立ち上がる地方行政や協同組合、誰もが役割をっ持つ共同体を作り、微生物の声を聞き、私たちの想像を超えた勇気と知恵で壊れた地球を再生しようと試みる人々だ」と述べ、第6章、第7章にまとめています。

多くの日本人がまだ知らないであろう、この国が持つ宝物

 第6章「日本の食の未来を切り拓けーー型破りな猛者たち」では、有機農業の生産者と消費者、子どもたち、教育関係者、行政などを結びつける結節点として学校給食に着目しています。100%有機米給食を実現した千葉県いすみ市の取組や、いすみ市が導入した無理なく雑草を抑制する民間稲作研究所の有機農法、いすみ市が手本とした愛媛県今治市で1980年代から取り組んでいる地産地消、食育、有機農業推進の取組を紹介しています。

 そこで私が大事だと思った点は、これらを取りまとめる行政のあり方として、異なる意見を排除し、トップダウンでスピーディーに進めるのではなく、時間をかけてでも、地域の多様な意見を活かしあう道を探ったことです。有機農業を推進すると言っても、決して慣行農法をすすめる農家との対立をあおったり、排除したりするのではなく、粘りづよく意見を聞き、相互に利益をえられる方法を編み出すために知恵を絞っている点が感動的でした。

 さらにこの章では、農業にとって土壌や微生物が重要だという認識が世界的に広がっていることから、次のような事例を紹介しています。
・土壌微生物を活性化する高機能バイオ炭と、このバイオ炭をあらゆる廃棄物から安全に製造できるCYC株式会社の炭化装置
・長崎県佐世保市を拠点に微生物を使って生ごみをたい肥化して有機野菜を生産し、子どもたちに食べ物への感謝の心を伝えている吉田俊道氏の「菌ちゃん農法」
・100軒を超える農家の協力を得てシャリに自然栽培米を使っている岡山県の回転寿司チェーン「すし遊館」の取り組み

SOFIXによる有機栽培を行っている水田

 そして、微生物の数や活動を見える化し、土壌を改善する処方を提供できる技術として立命館大学生命科学部の久保幹教授が開発したSOFIX技術について、久保教授へのインタビューを交えて紹介しています。

 また、同じく土壌微生物を見える化する技術として、立正大学地球環境学部の横山和成教授が開発したSOILという技術についても紹介しています。

 堤さんは、こうした取り組みについて、「多くの日本人がまだ知らないであろう、この国が持つ宝物」だと評価しています。

 第7章「世界はまだまだ養えるーー次なる食の文明へ」では、世界に目を向け、これからの持続可能な社会を可能にするヒントとして、アメリカでのカバークロップスの活用やアルゼンチン、西アフリカ、ブラジルなどでのアグロエコロジーの取組、韓国や日本での在来種を守る活動などに触れ、さいごに微生物の多様性であふれている本来豊かな日本の土壌を次の世代に残していくのかどうかを問うメッセージで締めくくっています。

食をめぐる攻防戦を構造的に描き出す

 本書は、今日の世界のもとで、アメリカを中心とした巨大資本と持続可能な社会を目指す人々との間の食や農業をめぐる攻防戦を構造的に描き出したという点で、興味深いものとなりました。

 第6章、第7章で登場する人々は巨大な権力や資金力を持った人々ではなく、地域で誠実に奮闘する農家であり、行政マン、研究者、技術者、企業経営者、会社員、学校や幼稚園、保育所の先生、父母、地方政治家などです。その背後には、本書には取り上げられていないけれど、同じような貴重な取組をされている人々が数千倍、いや数十万倍いると思います。こうした努力が全国、全世界で続く限り、大資本による巻き返しもそう簡単にはいかないのではないかと感じました。

堤 未果著『ルポ 食が壊れる――私たちは何を食べさせられるのか?』
文春新書 ISBN978-4-16-661385-4
定価 本体900円+税

”ソイル・コミュニケーションズ”のホームページを立ち上げました

 2022年もあと1日を残すのみの年末ぎりぎりとなりましたが、このたび、満を持して「ソイル・コミュニケーションズ」のホームページを公開いたしました。

 あわせて、Facebookページも開設しました。 
 https://www.facebook.com/soilcoms

 「ソイル・コミュニケーションズ」は、一般社団法人SOFIX農業推進機構の理事・事務局長であった松田文雄が、2022年4月に同機構を退職後、機構のビジネスパートナーとして設立した個人事業です。その目指すところは、農業の基本「土づくり」から持続可能な社会の実現をめざすことです。

 この目標の実現のため、「ソイル・コミュニケーションズ」は、「土づくり」をキーワードに、つぎの3つのコミュニケーション=対話を促す役割を果たしていきたいと考えています。

1.土壌と人間との対話: 有機農業や環境保全型農業にとって重要な土壌の生物性についてSOFIX(土壌肥沃度指標)技術をつかって「見える化」し、より良い「土づくり」のための処方箋を提供します。

2.農業生産者と生活者(消費者)の対話: 農業生産者と生活者(消費者)との交流や参加型有機農業の仕組みづくり、「土づくり」にこだわった健康な農産物を消費者に提供する仕組みづくりを行います。

3.過去・現代・未来についての対話: これまでの農業や地域の歴史を踏まえ、持続可能な社会の実現のため、「土づくり」の角度からSDGsや「みどりの食料システム戦略」、地域循環共生圏、農地の炭素吸収、生物多様性などに関する地方自治体、企業、NPO等でのプロジェクトの立ち上げ、推進のサポートなどをおこないます。

 詳しくは、このホームページの「サービス」欄をご覧ください。

 私事ですが、私は2018年に前立腺がんの診断を受け、その治療を受けました。このなかで、あらためて食を見直し、食のところから自然免疫力を高めることの重要さを身をもって痛感しました。

 近年、大腸内の微生物叢が人間の自然免疫力に大きな役割を果たしていることが注目されています。また、腸内の微生物の動きと土壌内の微生物の動きが良く似ているとされています。

 土壌微生物が活発な健全な土壌からとれた、健康な農産物を多くの人々がいつでも手軽に手に入れ、心身ともに健康で楽しい生活を送れるような社会の仕組みづくりに貢献していきたい。これが、ライフワークとして「ソイル・コミュニケーションズ」を設立した私の思いです。

 ホームページを立ち上げ、自分たちの想いや情報を発信すれば、必ず、色々な方から情報や思いを頂けます。この日を新たな出発点として、多くの方と対話しながら、農業の基本「土づくり」から、健康で楽しい生活を送れる社会の実現をめざして頑張りたいと思います。

 写真は、新年準備のためのお客さんで賑わう京都・錦市場の様子です。この1年、お世話になった方々に心よりお礼を申しあげます。新しい年、2023年が皆様にとって、そして私にとっても素晴らしい年となることを祈念しております。
 
 どうぞよろしくお願い申し上げます。

ソイル・コミュニケーションズ 代表 松田文雄